松山地方裁判所 平成9年(ワ)502号 判決 1998年7月03日
主文
一 原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間で、平成八年一二月一〇日に成立した、債権者を被告(反訴原告)、債務者を丸穂産業株式会社とし、その連帯保証人を原告(反訴被告)とする根保証契約に基づく債務の存在しないことを確認する。
二 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
主文同旨
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 原告(反訴被告)の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、八〇〇万円を限度として、五五七万〇四三八円及びこれに対する平成九年八月二六日から完済まで年三割の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。
3 仮執行宣言
四 反訴請求の趣旨に体する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 本訴
1 請求原因
(一) 被告(反訴原告、以下、単に「被告」という。)は、原告(反訴被告、以下、単に「原告」という。)に対して、平成八年一二月一〇日に成立した、債権者を被告、債務者を丸穂産業株式会社(以下「丸穂産業」という。)とし、その連帯保証人を原告とする根保証契約に基づき反訴請求の趣旨1項記載の金員の支払いを求めている。
(二) よって、原告は、被告に対し、右債務が存在しないことの確認を求める。
2 本訴請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)については、認める。
(二) 同(二)については、争う。
3 抗弁
(一) 被告は、丸穂産業との間で、平成八年一〇月四日、遅延損害金を年率三七パーセントとして、丸穂産業が被告に対し継続的反復的に金員を貸し付ける取引契約(以下、「本件取引契約」という。)を締結した。
(二) 原告は、平成八年一二月一〇日、被告に対し、丸穂産業が本件取引契約に基づき被告に対し右同日現在負担している債務及びその後平成一一年一二月三一日までに負担する債務について、一〇〇〇万円を限度として、連帯して保証する旨の根保証契約(以下、「本件保証契約」という。)を締結した。
(三) 被告は、丸穂産業に対し、本件取引契約に基づき、左のとおり、合計七五七万四三八円を貸し渡した。
(1) 平成九年二月七日、返済期同年八月五日、三三一万一三三三円
(2) 平成九年四月二日、返済期同年一〇月二日、二三六万〇三四三円
(2) 平成九年四月二三日、返済期同年一〇月七日、一八九万八七六二円
(四) 丸穂産業は、平成九年五月二八日、手形不渡りを発生させ、期限の利益を喪失した。
(五) なお、原告は、平成九年六月二〇日、被告に対し、二〇〇万円を弁済している。
(六) よって、原告は、被告に対し、本件保証契約に基づき、八〇〇万円を限度として、貸金残金五五七万四三八円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成九年八月二六日から完済まで年三割の割合による遅延損害金の支払義務がある。
4 抗弁に対する認否
(一) 抗弁(一)、(三)については、不知
(二) 同(二)については、否認する。
原告は、被告に対し、被告から丸穂産業への平成八年一二月一〇日の二〇〇万円の貸し付け(以下「本件二〇〇万円貸付」という。)についてのみ連帯保証をしたものである。本件保証契約締結時、原告は、被告から、借入金額を二〇〇万円とする公正証書作成の委任状への署名を求められたこと、被告は、中小事業者に対して継続的に資金を融通することを業務としており、単発の貸付で終わることが予想される場合でも、一応、継続的契約を前提とする根保証形式の保証契約書を取り付けていることなど右に沿う事情がある。(被告の反論、公正証書作成委任状は、本件保証契約締結時に貸し付けられた二〇〇万円の返済が不履行となった場合に直ちに公正証書を作成することができるよう徴求したものであるにすぎない。)
(三) 同(四)については、丸穂産業が不渡手形を発生させたことは認めるが、月日は不知。
(四) 同(五)については、認める。
(五) 同(六)については、争う。
5 再抗弁
(一) 錯誤無効(動機の錯誤)
(仮に、本件保証契約が限度額一〇〇〇万円の根保証契約として成立したとしても)
丸穂産業の代表取締役である森田陽子(以下、「森田」という。)は、本件保証契約締結時、原告に対し、被告から金員を借りるのは今回が初めてであること、借りるのは二〇〇万円だけであり、今後被告から借りることはないことを説明し、原告はこれを信用して本件保証契約の締結に応じたのであり、右が本件保証契約締結の動機である。
被告担当者竹田守(以下、「竹田」という。)は、森田が原告に対し右説明を行った現場にいて、右説明を見聞していたのであり、右動機は竹田に対し表示されていた。
しかし、実際には被告は丸穂産業に対し、二〇〇万円を超える金員を貸し付けたのであって、錯誤がある。
(二) 信義則違反
(仮に本件保証契約が限度額一〇〇〇万円の根保証契約として成立したとしても)
竹田は、森田が原告に対して右説明を行った現場にいてこれを見聞していたにもかかわらず、何ら異論を唱えなかった。
また、本件保証契約締結時である平成九年一二月一〇日時点で、被告から森田産業への本件取引契約に基づく貸付金は同年一〇月四日の三〇〇万円及び同月一一日の二五〇万円の合計五五〇万円であったのに、竹田は、原告に対し、丸穂産業への新たな二〇〇万円の貸し付けについての保証についての説明しかせず、被告主張の限度額一〇〇〇万円の根保証契約であれば当然にその被保証債務となるべき右の丸穂産業への既貸付金五五五〇万円についての説明は一切なかった。
しかるに、被告は、丸穂産業に対する既貸付分が返済された後も貸付を継続・拡大し、これを原告に請求するのは、信義則に反し許されない。
6 再抗弁に対する認否反論
(一) (錯誤無効の主張について)
(1) 原告の竹田に対する動機の表示はなかった。
(2) 竹田は、本件保証契約締結に際し、原告に対して、保証契約書を示してその内容を説明し、原告はこれを了承の上、保証契約書の連帯保証人欄の住所氏名を自ら記載して実印を押捺し、また、本文欄の保証極度額及び保証期間の各欄も自ら記入した。
また、原告は、被告が送付した平成八年一二月一二日付「確認通知書」に対し、何らの異議を述べることなく、同年一二月一七日、住所氏名を記載し、実印を押捺の上、被告に返送してきている。
(3) 原告は、有限会社田村葬儀社を経営しており、手形取引や保証契約につき十分理解する知識・能力を備えていた。
(二) (信義則違反の主張について)
右(一)の(2)、(3)と同じ。
二 反訴
1 反訴請求原因
(一) 本訴抗弁(一)ないし(五)に同じ
(二) よって、被告は、原告に対し、本件保証契約に基づき、八〇〇万円を限度として、五五七万四三八円及びこれに対する平成九年八月二六日から完済まで年三割による遅延損害金の支払を求める。
2 反訴請求原因に対する認否
(一) 反訴請求原因(一)につき、本訴抗弁に対する認否(一)ないし(四)に同じ。
(二) 反訴請求原因(二)については争う。
3 反訴抗弁
本訴再抗弁に同じ
4 反訴抗弁に対する認否反論
本訴再抗弁に対する認否反論に同じ第三 理由
一 本訴
1 請求原因事実については、いずれも当事者間に争いはない。
2 抗弁について
(一) 証拠(甲一、二、乙一ないし三、四の1、2、原告供述一回、竹田証言)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告は、丸穂産業との間で、平成八年一〇月四日、遅延損害金を年率三七パーセントとして、丸穂産業が被告に対し継続的反復的に金員を貸し付ける本件取引契約を締結した。
(2) 原告は、平成八年一二月一〇日、被告に対し、丸穂産業が本件取引契約に基づき被告に対し右同日現在負担している債務及びその後平成一一年一二月三一日までに負担する債務について、一〇〇〇万円を限度として、連帯して保証する旨の本件保証契約を締結した。
以上の事実が認められる。
(二) 右の点について、原告は、原告が被告に対し連帯保証したのは、被告から丸穂産業への本件二〇〇万円貸付についてのみである旨主張し、その根拠として、本件保証契約締結の際、森田は、原告に対し、被告から借りるのは今回が初めてで、借入するのは二〇〇万円だけであり今後は借りることはない旨説明し、被告担当者竹田はこれを傍らで何ら異論を唱えることなく只聞いていたこと、原告は、被告担当者竹田から、借入金額を二〇〇万円とする公正証書作成の委任状(甲一)への署名を求められたこと、被告は、中小事業者に対して継続的に資金を融通することを業務としており、単発の貸付で終わることが予想される場合にも、一応、継続的契約を前提とする根保証形式の保証契約書を取り付けているのが実態であること等の各事実を挙げているところ、原告主張の右各事実自体は後記のとおりいずれもこれを認めることができる。
しかし、他方、原告は、本件保証契約書の作成の際、保証極度額の欄に自ら一〇〇〇万円と記入し(竹田証言、原告供述一回、乙二)、被告が保証内容を確認するため原告宛送付した平成八年一二月一二日付「確認通知書」に対し、原告は、同年一二月一七日、何らの異議を述べることなく、住所氏名を記載し、実印を押捺の上被告に返送しており(竹田証言、原告供述一回、乙四の1、2)、さらに原告は有限会社田村葬儀社の代表取締役として葬儀社を経営する者であり、手形取引や保証契約について理解する知識・能力を備えていたものであって(原告供述一回)、また原告が、被告から、借入金額を二〇〇万円とする公正証書作成の委任状への署名を求められたのは、本件二〇〇万円貸付の返済が不履行となった場合に直ちに公正証書を作成することができるよう被告が徴求したものであること(竹田証言)が認められ、これらの事実を総合勘案すれば、原告が右主張の根拠とする前記各事実自体は認められるものの、前記のとおり、原告は、被告との間で、本件二〇〇万円貸付だけについて連帯保証したのではなく、保証極度額一〇〇〇万円の本件保証契約を締結したと認めるのが相当である。
(三) 被告は、丸穂産業に対し、本件取引契約に基づき、左のとおり、合計七五七万四三八円を貸し渡した。
(1) 平成九年二月七日、返済期同年八月五日、三三一万一三三三円(名目三五〇万円の貸し渡しを利息制限法に基づき計算しなおしたもの、以下「貸付」という。)
(2) 平成九年四月二日、返済期同年一〇月二日、二三六万三四三円(名目貸金額は二五〇万円、その余は同じ、以下「貸付」という。)
(3) 平成九年四月二三日、返済期同年一〇月七日、一八九万八七六二円(名目貸金額は二〇〇万円、その余は同じ、以下「貸付」という。以下「貸付」という。)
(四) 丸穂産業は、平成九年五月二八日、手形不渡りを発生させ、期限の利益を喪失した(争いがない。日にちについては弁論の全趣旨。)。
(五) 原告は、平成九年六月二〇日、被告に対し、二〇〇万円を弁済した(争いがない。)。
3 そこで、再抗弁について検討する。
(一) 証拠(甲一、二、四、乙一ないし三、四の1、2、五ないし七、八の1、2、原告供述一、二回、竹田証言、小田証言)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 丸穂産業代表取締役森田は、本件保証契約締結時、原告に対し、被告から金員を借りるのは今回が初めてであり、被告から借りるのは本件二〇〇万円貸付だけであり、今後被告から借りることはないことを説明し、原告はこれを信用し、本件保証契約を締結した。
(2) 被告担当者竹田は、森田が原告に対し右説明を行った現場にいてこれを見聞していたにもかかわらず、何ら異論を唱えなかった。
(3) 平成八年一二月一〇日の本件保証契約締結時点で、被告は、丸穂産業に対し、本件取引契約に基づき、既に、平成八年一〇月四日の三〇〇万円の貸付(前同様に名目金額、以下「①貸付」という。)及び同月一一日の二五〇万円の貸付(前同様に名目金額、以下「②貸付」という。)の合計五五〇万円を貸し付けていたにもかかわらず、被告担当者竹田は、本件保証契約締結に当たって、原告に対し、丸穂産業への新たな本件二〇〇万円貸付だけについての説明し、被告主張の限度額一〇〇〇万円の根保証契約の被保証債務に当然なるべき右起貸付金五五〇万円の説明は一切しなかった。
(4) 被告が本件保証契約の被保証債務として主張(抗弁(三))している、、の各貸付について見るに、
・ ①貸付金三〇〇万円は、その返済期日である平成九年二月七日に返済されると同時に貸付金三五〇万円(うち五〇万円は追加貸付と解される。)として貸し付けられ、
・ ②貸付金二五〇万円は、その返済期日である平成九年四月二日に返済されると同時に貸付金二五〇万円として貸し付けられ、
・ 本件二〇〇万円貸付金は、その返済期日である平成九年四月二三日に返済されると同時に貸付金二〇〇万円として貸し付けられ
ており(甲二)、右のとおり、各貸付金について返済日当日に基本的に同額(但し、貸付については、五〇万円増額。)の貸付がなされている流れから、、及び貸付は、実質的には、それぞれ、右の①、②及び本件二〇〇万貸付の借り換えとみられる。
以上の事実が認められ、右認定に左右するに足りる証拠はない。
(二) 以上の認定事実によれば、被告は、原告との間で本件保証契約を締結する時点で、被告から丸穂産業に対する貸付金五五〇万円(①、②貸付)が既に存在しており、本件保証契約により原告は当初から右既貸付金債務についても保証することになるにもかかわらず、被告担当者竹田は、原告に対し、被保証債務になるべき右貸付金債務の存在について一切説明していないこと、森田が、原告に対し、本件二〇〇万円貸付が被告からの初めての借入である旨虚偽の説明をしているのを被告担当者竹田はその場で聞きながら、これになんら異論を唱えることなく放置していたこと、被告が原告に対し請求している本件保証債務の被保証債務は、及び貸付金債務(貸付金債務は、抗弁(五)の弁済により実質的は消滅している。)であるが、及び貸付金債務は、本件保証契約前からの既貸付金である①及び②の貸付金が、実質的にいわゆる借り換えになったものであることが認められ、これらの事実を総合考慮すれば、被告は、原告に対し、契約に際して相手方当事者に適切な判断をさせるために行われるべき説明を怠ったもので、契約時に当事者間で求められる、信義に従って誠実に交渉を行うべき義務に反したものというべきであり、かかる事情のもとで、原告にとっては全く予想外の既貸付金五五〇万円の債務を当初から保証させられたものと認められるところ、被告が、原告に対し、本件保証契約に基づき請求しているのは、右既貸付金の実質的に借り換えと認められる貸金債務にかかるものであるから、被告の右請求は、信義則に違反し許されないものと解するのが相当である。
4 以上により、原告の動機の錯誤の有無につき判断するまでもなく、原告の再抗弁には理由がある。
二 反訴
1 請求原因については、本訴「抗弁について」に同じ。
2 抗弁については、本訴「再抗弁について」に同じ。
3 以上より、原告の抗弁には理由がある。
三 以上より、原告の本訴請求には理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求には理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。